お相撲、ちょっと調べたら。

翔猿関、まだいた。

今日は、九月場所のノートの続きを。

朝ごはんのお皿を片づけて、窓を開けました。平日の夜に気になったまま置いていたところを、今日は急がず見られる。

と思ったのに、決まり手の名前を見ていたら、春の翔猿関まで戻ってしまいました。

勇み足。あの、朝乃山関との一番。

2026年三月場所、三日目。朝乃山関が右四つから、前へ出る。

ああ、ここまで運ばれたら——。……えっ。翔猿関?

先に外へ出たのは、朝乃山関の右足でした。翔猿関の足は、まだ俵の上。軍配は翔猿関に上がって、物言いのあとも変わりませんでした。勝負結果は、勇み足。

終わりは知っているのに、また肩に力が入っていました。そこで残るんだ、翔猿関。

朝のしおりが、ノートから春の一番へ関心を移し、画面へ身を乗り出す。足が残る翔猿を見つめる反応を描く挿絵。
朝、もう一度。

勇み足は、攻める側が勢い余って先に足を外へ出してしまう勝負結果です。勝った側がかけた技の名前ではありません。今日はその名前より、俵の上に残っている翔猿関の方が気になっています。

昼ごはんの器を洗っていたら、足より手が気になってきました。さっきの翔猿関、投げようとしていなかった?

最後の器を置いて、手を拭きます。机に戻ると、ノートは朝のまま開いていました。

昼食後の片付けを終え、手を拭きながら気になった取組へ戻るしおり。台所から机への短い移動と、もう一度確かめたい気持ちをつなぐ挿絵。
片付けの途中で、また。
あ、やっぱり。こっちも見たかったんだ。

翔猿関は土俵際で、右下手から投げる形になっていました。朝乃山関の右足を追いかけていて、こっちの右手を置いてきてしまった。

結果の『勇み足』の横の余白に、右下手のことを添えました。結果の名前には入らないけれど、ここを見ていたいんです。足を残す翔猿関の、まだ続いている相撲。

本人は取組後、投げたことを覚えていないほど必死だったと話していました。そうだったんだ。私は何度も戻して見ているけれど、翔猿関にはその一度きりだった。

あの右手、もう一回見たい。

お茶をいれたところで、もう一番が気になりました。去年の秋、錦木関との勇み足もあった。

2025年九月場所、十日目。錦木関が押して、翔猿関が土俵際で粘る。こちらで先に外へ出たのは、錦木関の左足でした。

右四つから寄る朝乃山関。押して出る錦木関。同じ勇み足でも、そこまでの相撲はずいぶん違う。

朝乃山関の右足、錦木関の左足。確かめたあとも、目は翔猿関へ戻ってしまいます。相手の足が出るまでの、あの土俵際がまだ気になる。

翔猿関は、どこまで狙っていたんだろう。この二番だけでは分からないし、『勇み足を誘うのが得意』なんて、まだ書けません。でも、ああ相手が出たのね、だけで片づけたくもないんです。

夕方、右手のペンで翔猿の動きを書き足すしおり。筆線の先に俵際の二人の像が立ち上がる、観戦の記憶と想像を表した挿絵。
結果の名前には残らない動きへ。

ノートの端に、小さく書きました。

そのとき、翔猿関は?

窓を閉めようと立って、部屋が少し暗くなっていたことに気づきました。九月のノートの続きは、まだそのまま。今日は春と、去年の秋へ寄り道してしまいました。

夕ごはんの前に、春の方をもう一回。今度は右手を見るつもりだったのに、また朝乃山関の足に目がいってしまいました。……あ、もう一回。

この二番を、もう少し並べて見る
取材報道で確認した二例。どちらも翔猿の勇み足の白星。
一番土俵際へ至る攻め先に出た足翔猿の動き
2026年3月10日・春場所三日目 朝乃山―翔猿朝乃山が右四つから寄る朝乃山の右足俵に足を残し、右下手から投げる形
2025年9月23日・秋場所十日目 錦木―翔猿錦木が押す錦木の左足土俵際で粘る

攻防と足の記述は末尾の当日報道に基づきます。この二例だけで、翔猿が勇み足を狙ったことや、特定の動きが相手の先出を起こしたことは確認できません。