
せり上がりの腕を見れば、初心者でも見分けられます。雲龍型は右手を広げ、左手を脇腹につける形。不知火型は両手を左右へ広げる形です。後ろから見える綱の輪は雲龍型が一つ、不知火型が二つ。最初は歴史を全部覚えず、腕が一本開くか、両方開くかだけ見てください。
横綱土俵入りは、知識がないと「同じ儀式を二人がしている」ように見えます。でも一度、腕の違いを知ると、次は綱の後ろを見たくなる。その次には太刀持ちと露払いが誰か気になる。儀式は、入口を一つ作ると急に細部が増えてきます。
図の詳しい説明
左列には円一つと中心から片側へ伸びる線、右列には円二つと中心から左右へ伸びる線を置きます。円は背中の輪の数を数える記号、線は腕の開きが非対称か対称かという関係記号で、実際の綱や腕ではありません。下の疑問符は、型名の起源や『攻め』『守り』の性格付けを観察手掛かりから導かないための境界です。左右の腕名、角度、手指、足、せり上がり、速度、従者、身体、綱の形・寸法・装着、撮影方向は再現しません。
雲龍型は右手を開き、左手を脇へ
相撲博物館の公式展示解説では、雲龍型は綱の輪が一つで、せり上がる際に右手を広げ、左手を脇腹につけます。この姿は攻めと守りを示すと言われています。
正面から見ると左右が分からなくなりそうですが、横綱本人の右手です。まず「片方の腕が大きく開き、もう片方は身体の近く」と覚えれば十分です。背後が見える角度なら、綱の結び目から伸びる輪が一つであることも手掛かりになります。
不知火型は両手を左右へ
不知火型は綱の輪が二つで、せり上がる際に両手を広げます。公式解説では、積極的な攻めの姿勢を表すと言われています。両腕が開くことは手掛かりですが、遠い席、遮蔽、映像角度によっては確認できません。見えなければ型を決めません。
雲龍型は守り、不知火型は攻め、と単純に選手の性格へ当てはめないでください。これは型について伝えられる象徴の説明であり、「この横綱は守備的」と判定する材料ではありません。
名前と現在の型が、そのまま一直線の起源ではない
ここからが少し掘りたくなるところです。公式クイズの解説は、不知火光右衛門が実際にどのような土俵入りをしたかは明確でなく、現在の雲龍型に近かったという説も紹介しています。また、映像で確認できる雲龍型は二代目梅ヶ谷、両手を開く現在の不知火型につながる型は太刀山とする説明があります。
つまり「雲龍という横綱が今の雲龍型を完成させ、不知火が今の不知火型を完成させた」と教科書の一本線にしすぎると、歴史の揺れを落としてしまいます。名前は残っていても、型の系譜には後世の整理と議論があります。
土俵入りの三人を見る
この記事では中央の横綱の腕と綱の輪だけに範囲を絞ります。太刀持ち・露払いの役割、左右配置、所属、化粧まわしの関係は、今回の三資料だけで補わず、別の一次資料を確認する記事で扱います。
四股の前後で呼吸がどう変わるか、柏手の音が館内へどう返るかも、映像のアップだけでは拾いにくい部分です。写真を撮るなら数枚で端末を下ろし、せり上がりを最初から最後まで一度目で追ってみてください。
まず腕、次に綱、その次に歴史
一回目は腕だけで型を当てる。二回目は背後の綱を見る。三回目に、過去の横綱がどちらを選んだかを調べる。この順なら、知識が儀式を邪魔せず、見えたものから疑問が生まれます。
席や映像の角度で腕や綱が隠れ、型を見分けられないこともあります。片方の手掛かりだけで決めつけず、腕と綱の輪が確認できる別角度がある時に照合します。確認できなければ「今回は不明」と残し、商品名や印象から型を推測しません。
出典
- 相撲博物館「『雲龍型と不知火型』展」(2024年、2026年9月2日確認)
- 日本相撲協会「大相撲クイズ No.1296」(2025年7月27日公開、2026年9月2日確認)
- 日本相撲協会「大相撲クイズ No.203」(2022年7月30日公開、2026年9月2日確認)
確認に使った資料リンク
各リンクは記事内の対応する主張の確認に使用しました。リンク先全体を無条件に正しいとみなすものではありません。
記事確認日:
- 相撲博物館 雲龍型と不知火型展過去の一次資料(当時の記録)
- 日本相撲協会 大相撲クイズNo.1296過去の一次資料(当時の記録)
- 日本相撲協会 大相撲クイズNo.203過去の一次資料(当時の記録)